松尾芭蕉は伊賀忍者?

江戸時代に46歳という年齢で一日に数十kmを歩いたということや、出身が伊賀国であったことから、松尾芭蕉には伊賀忍者や公儀の隠密だったのでは?という伝説があります。

ということはどうでもいいのですが『おくのほそ道』の中にツボ(足三里)の記述があります。下の画像は、ある講演でそのことに触れる資料を作ったときにAdobe Illustrator CCで作成した松尾芭蕉の図で、オリジナルは葛飾北斎によるものです。

なかなか趣がある・・・かな?

十四経絡発揮和解の図

東洋医学の著名な古典『十四経発揮』は、1341年(当時は元王朝)に滑伯仁(1304~86年)によって記されたとされています。

この本は日本にも輸入され、江戸時代に岡本一抱(1655~1716年)という医学者によって和訳と注釈が付けられた『十四経絡発揮和解』が出版されています。

十四経絡発揮和解

調べると他に『十四経和語抄』『十四経絡発揮諺解』などと紹介されていたりしますが、和本にはちょっと変わった仕様があって、誠心堂書店の店主・橋口侯之介氏の著書に以下のように説明されています。

現代の書籍は、カバーや箱に書かれた表題も、表紙、とくに背にある題名も、本を開いた最初の扉に出てくる題も奥付も、すべて同じだ。しかし、和本は今述べたようにところどころにある題名が必ずしも一致しないことが多いのである。そのため、どれが本当の書名なのかたいへん迷うことになる。

出典:橋口侯之介(2011)『和本入門』平凡社.pp.116-117

実際、手元にある和本も表紙には『十四経和語抄』、ページを開くと『十四経絡発揮和解』や『十四経絡発揮諺解』、版心題には『針灸和解』などと書かれていますが、一般に書名としては『十四経絡発揮和解』で統一されているようです。

また、最近の書籍では1946年(昭和21年)に本間祥白(1904~62年)によって『図解 十四経発揮』が出版され、版を重ねて現在も販売されています。

図解 十四経発揮

WHO(世界保健機関)によって経穴の基準が統一されたことを受けて新しい教科書が2009年に出版されるまで、日本の鍼灸師養成施設で使われていた教科書(経絡経穴概論)は、これら『十四経発揮』の関連書籍を参考に作られていました。

WHOによる経穴の書籍(英語版と日本語版)
経絡経穴概論の教科書(2009年より新版)

新しい教科書をはじめ、現在出版されている経穴(ツボ)に関する書籍に使われている絵は、経穴の位置がわかりやすいように写実的ですが、古典に使われている絵もなかなか趣があって個人的には好きだったりします。

そこで岡本一抱の『十四経絡発揮和解』で使われている絵をAdobe Illustrator CCで模写してみました。髪などの塗りつぶし部分を除いて0.75ptの線画、サイズは余白も含めてA4、解像度は150ppi、保存形式はPNGとなっています。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
以下14枚の「十四経絡発揮和解の画像」 は クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

オリジナルの『十四経絡発揮和解』が300年以上前の書物だし、作成し公開した画像は改変も営利目的の二次使用もOKということです。そんな用途があるのかは不明ですが・・・。

手の太陰肺経(Lung Meridian:LU)

手の陽明大腸経(Large Intestine Meridian:LI)

足の陽明胃経(Stomach Meridian:ST)

足の太陰脾経(Spleen Meridian:SP)

手の少陰心経(Heart Meridian:HT)

手の太陽小腸経(Small Intestine Meridian:SI)

足の太陽膀胱経(Bladder Meridian:BL)

足の少陰腎経(Kidney Meridian:KI)

手の厥陰心包経(Pericardium Meridian:PC)

手の少陽三焦経(Triple Energizer Meridian:TE)

足の少陽胆経(Gallbladder Meridian:GB)

足の厥陰肝経(Liver Meridian:LR)

督脈(Governor Vessel:GV)

任脈(Conception Vessel:CV)

みかけハこハゐがとんだいゝ人だ

江戸時代の浮世絵師・歌川国芳(1798〜1861年)の『みかけハこハゐがとんだいゝ人だ』をAdobe Illustrator CCで模写してみました。

みかけハこハゐがとんだいゝ人だ

浮世絵のタイトルである『みかけハこハゐがとんだいゝ人だ』の旧仮名遣いなどを現代語にすると『見かけは怖いが とんだいい人だ』となり、複数の人が奇妙な格好で寄り集まって、一見すると怖いようにも見えますが、よく見るといい人だったという内容で実に興味深い絵です。

左上には『大ぜいの 人がよつて たかつて とふと いゝ人をこしらへた とかく人のことハ 人にしてもらハねバ いゝ人にはならぬ』という説明文が添えられており、これも現代語にすると『大勢の 人が寄って たかって とうとう いい人を こしらえた とかく人のことは 人にしてもらわねば いい人にはならぬ』となります。お互いに助け合っていこう!ということでしょうか?江戸時代は現代より人との関わりが深かったみたいだし・・・。

左中央にある『一勇斎国芳』は作者である歌川国芳が万延元年(1860年)までに使っていた署名(画号)で、それに続く『戯画』は面白おかしく描かれた絵という意味で、戯画は国芳が得意としたジャンルのひとつです。

また、署名の上にある2つの印は「名主印」と呼ばれるもので、これは幕府により決められたルールに沿っているかをチェックした名主の印で、検閲済みを意味します。三大改革のひとつである寛政の改革(1787〜93年)から出版物に対する規制が厳しくなったことにより、浮世絵も検閲を受けることになったようです。

この印のうち左が濱弥兵衛、右が衣笠房次郎のもので苗字を篆書体にしたもののようで、この印によって作品の年代を特定したりできるとのことですが、専門家ではないのでよく分かりません。

印影の作成には「印鑑の匠ドットコム」というサイトの「印影プレビュー」で作成した画像を参考にしました。

なお、名主印の詳細については「浮世絵ぎゃらりぃ」というサイトの「極印と改印」が参考になります。